北斗書房版・京の歳時記〔冬の部〕

〔冬の部〕

初 冬

初冬、仲冬、晩冬と冬を三期に分けた初めの冬のことで、陽暦の十一月にあたります。
木枯らしが吹いて落葉が舞い、冬の訪れを感じる頃です。

初冬の竹緑なり詩仙堂(内藤 鳴雪)

初冬やシャベルの先の擦り切れて(山口 誓子)

小春日

陰暦十月の異称。立冬を過ぎてから春のように、晴れた暖かい日和のこと。
吉田兼好『徒然草』第百五十五段に「~秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり梅もつぼみぬ~」とあります。

小春日の笑の中にいるアイツ(北村 恭久子)

小春日にそっと抱かれ拭われる(西村 亜紀子)

小春日や京都時間に身をゆだね(五十嵐 哲也)
京都時間とは約束の時刻よりも5分ほど遅れて訪問先へ訪れることを言います。
訪問する相手先が準備されていることに配慮して、少し時間に余裕をもたせるという、相手先への心遣いなのです。
これも相手を思いやる京都人の優しさでしょう。

小春日の床几に憩ふ人二三(藤原 宇城)

比叡山間近く見ゆる小春かな(村田 昭子)

鉄鉢をひらく小春の寺屋敷(椋本 小梅)

鉄鉢の中へも霰(種田 山頭火)
鉄鉢は僧侶が食べものをえるために使用した鉄製の鉢。
この鉄鉢を形どった木製の器に精進料理を盛り付けた「鉄鉢料理」を出すお店が京都にあります。

小春日や鶯張りの二條城(吉儀 丙馬)

降る雪も小春なりけり知恩院(小林 一茶)

年の暮

十二月も押しせまった頃をいいます。各家庭では新年を迎える準備に大わらわです。

仁左衛門の阿呆ぶり佳く年暮るる(火箱 ひろ)

としのくれ八坂の塔の鈴の音(怒 誰)
法観寺の茶室(聴鐸庵)では、五重塔の屋根の先端に吊るされた風鈴のような風鐸の音を聴くことが出来ます。

Wikipedia「法観寺」/
https://ja.wikipedia.org/wiki/法観寺

年の暮形見に帯をもらひけり(久保田 万太郎)

大晦日

大晦日は十二月最後の日で大年ともいいます。

生き延びて大晦の酒支度(橋本 正子)

京の町異国の人も大師走(林 光太郎)

大年の嵯峨清凉寺闇に入る(廣瀬 直人)

大年の関屋六波羅蜜寺みゆ(安永 典生)

大年の法然院に笹子ゐる(森 澄雄)

大年の鴉ねぐらへ鳥辺山(松田 うた)

時 雨

秋から冬にかけて降る通り雨で、俳句でよく詠まれる材料の一つです。
なぜか京都には時雨が似合うようで、川端康成の「古都」にも描かれています。

初しぐれ和泉式部といふ町に(川嶋 桃子)
双ヶ岡の南、御室川の黒橋を西に行くと、京都市右京区太秦和泉式部町があります。
その昔、ここに和泉式部塚があり、町名の由来となりました。京極の誠心院には式部の墓があります。

石庭の白砂の渦に初しぐれ(吉田 豊子)

山門に時雨やどりの人二三(藤原 宇城)

ど忘れを思ひ出せずに時雨傘(西村 侑岐子)

壽と書けば北山しぐれかな(後藤 綾子)

北山の時雨にぬれて花街へ(梶山 千鶴子)

西陣の時雨地蔵につと呼ばる(丸山 海道)

初時雨子供泣きゐる粟田口(奥田 鷺州)

三條に飴選びいる初時雨(大竹 萌)

七味屋の庇をかりるしぐれかな(西澤 宏治)
七味屋(七味家本舗)は清水坂にある創業三百六十年の老舗で、東京のやげん堀、長野の八幡屋磯五郎と共に、日本三大七味唐辛子の1つに数えられています。

七味屋本舗/
https://www.shichimiya.co.jp/

鉢たたき洛中洛外初しぐれ(角川 春樹)

打水にあらず祇園の初しぐれ(大島 民郎)

大原をさこそと思ふ時雨かな(小野 起久)

時雨きて去来の墓を素通りす(岡野 さちこ)

地表の温度が零度以下になると、露が結晶になって白く見えます。これを「霜」といいます。
通常、気温が4℃を下回ると霜が発生しやすくなるといわれています。

霜の花出雲阿国の墓平ら(有馬 朗人)
歌舞伎の元祖とされる阿国の墓は出生地とされる島根県大社町にありますが、京都大徳寺の塔頭・高桐院にもあります。

先生の銭かぞへゐる霜夜かな(寺田 寅彦)
寺田寅彦は物理学者、夏目漱石門下で、小説『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルともいわれています。

初 雪

その冬、初めて降る雪、あるいは新年に初めて降る雪のこと。日本列島は南北に長いため、初雪の降る時期はかなり異なります。

バリウム飲む夫よ比叡に初雪す(梶山 千鶴子)

初雪や俥とめある金閣寺(野村 泊月)

金閣のはじく余光や凍ゆるむ(竹中 碧水史)

薄雪をのせし薄氷銀閣寺(右城 暮石)

初雪や上京は人のよかりけり(与謝蕪村)

狐 火

夜に火が点々と見えたり消えたりする現象のことで、原因は明らかにされていません。
キツネが火を燃やすという俗信から「狐火」と呼ばれました。
俳句では冬の季語として扱われます。

狐火や鯖街道は京を指す(加藤 三七子)

伏見港失せて狐火絶えにけり(大島 民郎)

狐火も蕪村の恋もとはの闇(矢島 渚男)

狐火や髑髏に雨のたまる夜に(与謝蕪村)

狐火や消せないメールひとつある(波戸辺 のばら)

すぐき

京都市の北部、上賀茂特産の「すぐき菜」という蕪の1種をお漬物にしたものです。
梃子の原理を利用した重石で漬ける風景は上賀茂の冬の風物詩です。

北山の雨に聴き入る酢茎樽(関岡 光子)

鴨引くや洗ひ仕舞ひの酢茎桶(山下 秀子)

酢茎漬匂へる道を加茂詣(山口 峰玉)

酢茎漬別雷の氏子なる(大森 抹起子)

祖父の石父の石もて茎漬くる(吉岡 翠生)

 

〔参考・引用文献〕
『新京都吟行案内』辻田克巳(公益社団法人俳人協会 2013年)
『合同句集 三光鳥』北村恭子他(北斗書房 2015年)
『新日本大歳時記』飯田龍太他監修(講談社 1999年)
『合本俳句歳時記 新版』角川書店編(1995年 角川書店)
『現代俳句文庫73  火箱ひろ句集』火箱ひろ(2013年 ふらんす堂)
『梶山千鶴子 自解150句選』梶山千鶴子(北溟社 2002年)
『冬薔薇』西村侑岐子(2003年 北斗書房)
『句集 日日雑記』吉田豊子(1993年 北斗書房)
『橋本正子遺句集 宜候』橋本保二郎編(2018年 北斗書房)